【宋】徐湛之を救った会稽公主(劉興弟)と劉裕の妻のはぎれ

昔の中国では、罪人が処刑される場合、親交のあった者も連坐して処刑されるのが一般的でした。

ところが、徐湛之は母の取り出したある物のおかげで、連坐を免れました。

徐湛之の生涯、会稽公主劉興弟)と劉裕の妻のはぎれを紹介します。

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徐湛之ってどんな人?

徐湛之は410年生まれで、振威将軍・徐逵之と宋の初代皇帝・武帝(劉裕)の第1皇女・会稽公主(劉興弟)の間に誕生しました。

徐湛之は徐羨之の兄の孫にあたるため、徐羨之の姪孫(てっそん)となります。

415年、父・徐逵之が并州刺史・司馬休之の討伐にあたって敗死。
徐湛之は5歳で父を失い、祖父である武帝が徐湛之を自ら養育しました。

徐湛之は武帝の皇子と共に育ちました。

429年、太子洗馬に任命され、その後、南彭城郡太守や沛郡太守、侍中、奮威将軍や驃騎将軍など、数多くの要職を歴任しました。

皇子と共に育った徐湛之は、皇子の中でも特に第4皇子・劉義康と仲が良く、劉義康に仕えていた丹陽尹・劉湛とも自然と仲良くなりました。

おゆう
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ところが、劉義康は武帝の第3皇子であり、兄にあたる宋の第3代皇帝・文帝(劉義隆)を差し置いて朝廷で実権を握り、文帝と対立するようになりました。

440年、劉義康がクーデターを起こそうとしているのではないかと疑いを抱いた文帝は、劉義康をけん制するために、劉湛を処刑しました。
劉湛と仲の良かった徐湛之も処刑の対象となりましたが、処刑は中止となり、徐湛之は一命を取り留めました。

文帝に側近・劉湛を殺された劉義康。
文帝は劉義康をけん制するために、劉湛を処刑しましたが、文帝のこの行動が劉義康の復讐心をかきたてました。

445年、劉義康は自ら皇帝の座に就こうと、文帝を暗殺する計画を立てました。
劉義康は劉湛と仲の良かった徐湛之に声をかけ、徐湛之は劉義康の計画に賛成しました。

お嬢ちゃん
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ところが、劉義康の計画に賛成したにも関わらず、徐湛之は劉義康の計画を文帝に密告。

劉義康に疑いを抱いていた文帝は、徐湛之の密告を信じましたが、徐湛之の密告には不自然な点がいっぱいありました。

坊っちゃん
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徐湛之は劉義康の計画に賛成したことを隠して密告していたんです。

そのため、文帝は徐湛之を疑うようになり、臣下に徐湛之の行動を調査させました。
こうして、徐湛之が当初劉義康の計画に協力的な態度を見せていたことがバレてしまいます。

暗殺計画の首謀者である劉義康は処刑され、徐湛之は処刑を免れたものの官爵を剥奪されてしまいました。

450年、文帝は北伐を決意すると、徐湛之を朝廷に呼び戻しました。

徐湛之に与えられた仕事は、北伐に反対する将軍・沈慶之の説得。
沈慶之の説得に成功し、北伐を実施するも失敗に終わり、宋は兵力を失いました。

453年、文帝の第1皇子である皇太子・劉劭が文帝を呪い殺そうとしていることが発覚しました。
文帝が劉劭を廃そうとしたところ、劉劭が先手を打って文帝を暗殺。

この時、文帝と一緒にいた徐湛之も殺され、44歳でこの世を去りました。

徐湛之を救った会稽公主(劉興弟)と劉裕の妻のはぎれ

処刑を中止させたのは、徐湛之の母であり、文帝の姉でもある会稽公主(劉興弟)です。

おゆう
おゆう

武帝が宋を建国する前、妻・臧皇后(臧愛親)は衣服を自ら手縫いしていました。

会稽公主は臧皇后から「皇室間で揉め事が起きた時に、手縫いしたこの衣服を見せて、私達の苦労を伝えなさい」と言われ、衣服を預かっていました。

徐湛之の処刑が決まると、会稽公主は臧皇后から預かっていた衣服を文帝に見せ、「貧乏だった両親は苦労して私達を育て上げたのに、あなたは私の子どもを殺すのですか」と泣き叫びました。

会稽公主の言葉、武帝と臧皇后の苦労に心を動かされた文帝は、徐湛之の処刑を中止しました。

まとめ

徐湛之の生涯、会稽公主劉興弟)と劉裕の妻のはぎれを紹介しました。

5歳で父を失った徐湛之は、祖父・武帝(劉裕)に育てられ、武帝の皇子と共に育ちました。
そのため、皇子と自然と仲良くなり、また、皇子間の対立に巻き込まれてしまいました。

文帝(劉義隆)により、徐湛之は連坐して処刑されることが決まりましたが、母・会稽公主は武帝の妻・臧皇后(臧愛親)が自ら手縫いした衣服を取り出し、子どもを育て上げる両親の苦労を話して、処刑を取りやめるよう文帝を説得しました。

皇室間で揉め事が起きた時に、手縫いしたこの衣服を見せるよう、会稽公主に衣服を預けた臧皇后。
臧皇后には先見の明があったのでしょうか。

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