【唐】則天武后(武則天)の科挙改革とは?目的と内容、与えた影響

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中国史上唯一の女帝・則天武后。
則天武后は自ら武周王朝を建て、独自の政治制度を確立しました。

中でも、後世に影響を与えたのが「科挙改革」です。

則天武后武則天)が科挙改革をおこなった目的とその内容与えた影響を紹介します。

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則天武后(武則天)の科挙改革とは?

ご存じのとおり、科挙は合格率がとても低い最難関試験です。
初代皇帝・文帝(楊堅)によって、科挙は始まりました。

科挙の目的は難しい試験に合格した者を官僚として登用すること。
ただ、貴族勢力が相変わらず強く、高級官僚の多くは名門貴族の出身者でした。

特に「関隴貴族」と呼ばれる有力貴族集団は、皇帝にも強い影響力をもっていました。

女官
女官

科挙制度が存在していても、実際には家柄が重視される。

このような矛盾を抱える社会に誕生したのが則天武后です。

則天武后は本来の目的に沿って、科挙を積極的に運用しました。

則天武后(武則天)の科挙改革の目的と内容

本来の目的に沿って、科挙を積極的に運用した則天武后。
則天武后が科挙改革を行った目的とその内容を詳しくみていきましょう。

目的

紹介したように、皇帝でさえも統制できないほど、当時貴族は強い権力をもっていました。

というのも、家柄を背景に、代々高級官僚の職に就いていたからです。
中には、前皇帝の考えを述べ、現皇帝に反発する貴族もいました。

女性であり、後ろ盾のない則天武后にとって、保守的な貴族の反発は大きな脅威でした。

そこで、則天武后は、
・固定概念にとらわれる貴族
・朝廷で権力を振りかざす貴族
を排除し、自身に忠実な新しい官僚層を育てようと考えます。

その手段として、貴族を説得しやすいのが科挙でした。

隋王朝からおこなわれている科挙を利用すれば、貴族であっても文句を言えません。
また、血筋に左右されず、能力のある人材を則天武后自ら直接登用できます。

則天武后にとって科挙改革は、
① 貴族政治の弱体化
② 皇帝中心の政治体制の強化(自身に忠実な新しい官僚層の育成)
の2つを実現するための重要な政策でした。

内容

則天武后による科挙改革の内容は次の3つです。

科挙の実施回数を増やした

紹介したように、科挙は隋王朝から既におこなわれていました。

ただ、科挙の規模はまだまだ小さく、試験を実施している地域も限定されていました。
経済的・時間的余裕のある者しか、科挙に挑戦することができなかったんです。

そこで、則天武后は、科挙制度を国家運営の重要政策として位置づけます。
科挙の実施回数を増やし、また、誰でも受験できるようにしました。

これにより、地方出身者や寒門出身者も科挙に挑戦。
誰もが高級官僚になれる機会が生まれました。

則天武后
則天武后

則天武后が特に重視したのが「進士科」です。

進士科は、儒教の知識だけでなく、詩文作成能力や政治的見識などを問う高度な試験。
単なる暗記力ではなく、文章力や学識、思考力が求められました。

能力を重視した則天武后は、進士科の合格者を積極的に登用します。
その結果、「学問によって出世した官僚」が政治に参画するようになりました。

則天武后自ら試験を行った

科挙は筆記試験だけではありません。
たとえ試験に合格したとしても、最終的には貴族の推薦や血筋という後押しが必要でした。

則天武后
則天武后

でも、則天武后の行った科挙改革では、貴族による後押しは必要ありません。
なんと、後押しは受験者を自ら面接する則天武后の人物評価。

則天武后は科挙制度を改革するだけでなく、運営にも積極的に関わりました。

皇帝自ら最終試験(面接)をおこなうこの科挙改革。
実は、宋王朝で本格的に採用される「殿試」につながりました。

皇帝自ら最終試験を行うことは、
・皇帝は忠誠心の強い人材を採用できる
・官僚は皇帝に認められたという自信をもてる
など、双方にとってメリットがありました。

武周王朝の政権を支える人材を育成した

科挙を通じて登用された官僚は、則天武后に忠実な者たちばかり。
則天武后は自ら採用した官僚と一緒に、武周王朝の朝廷を動かしました。

則天武后の治世では、有能な政治家が多く誕生しています。
則天武后が登用した姚崇や宋璟は、後に唐の第9代皇帝・玄宗(李隆基)を支えました。

則天武后(武則天)の科挙改革が与えた影響

則天武后の科挙改革は、単に唐王朝の人材登用制度を変えただけではありません。
その後の中国社会や政治に、次のような変化をもたらしました。

貴族政治から官僚政治への転換

則天武后が科挙改革をおこなうまで、名門貴族が政治の中心を占めていました。
しかし、科挙による人材登用が進み、能力主義の官僚政治へ移行します。

宋王朝では、科挙官僚が国家運営の中心となりました。
則天武后の改革は、中国政治の方向性そのものを変える大きな転換点でした。

寒門出身者の活躍が増えた

科挙改革によって、寒門出身者にも出世の道が開かれました。

有力貴族ではない一般・中小地主層は、本来高級官僚になることは難しい立場。
ただ、則天武后の科挙改革によって、「学問による立身出世」が可能になりました。

皇帝権力の強化につながった

旧来の貴族を排除し、忠誠心の強い人材を新たに登用した則天武后。
則天武后の科挙改革は、皇帝権力の強化につながっていきます。

これは中国歴代王朝に共通する「中央集権化」の流れを加速させました。
則天武后の改革は一時的な政策ではなく、中国王朝の体制そのものに大きな影響を与えたんですね。

後世の科挙制度の基礎となった

則天武后の改革は、後の中国における科挙制度発展の基礎となりました。
宋王朝では科挙がより重要視され、清王朝に至るまで中国社会の中心制度として機能します。

また、「能力で人材を採用する」という考え方は、周辺諸国にも影響を与えました。
日本でも律令制度の中で官人登用試験がおこなわれ、中国の科挙制度から一定の影響を受けています。

則天武后の科挙改革は、中国はもちろん、東アジア全体の政治制度にも大きな影響を与えたんですね。

まとめ:則天武后の科挙改革は清王朝まで影響を与えた!

則天武后は、貴族勢力を抑えながら自らの権力基盤を固めるため、科挙制度を積極的に活用しました。

その結果、家柄ではなく、能力を重視して人材を登用するようになります。
これは後の宋代以降の官僚制度にも大きな影響を与えました。

則天武后の科挙改革は唐王朝や武周王朝だけにとどまらない。
中国史における大きな転換点だったといえるのではないでしょうか。

私が則天武后に興味をもったきっかけは、中国時代劇を配信サービスで見たことでした。
映像で見ると人物や時代の雰囲気がつかみやすく、その後に本を読むと理解がぐっと深まります。

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