遣唐使

奈良時代

【矢掛町】吉備真備公園は囲碁発祥の地?見所とアクセス

吉備真備の生誕の地といわれる岡山県矢掛町に、吉備真備公園という公園があることをご存知でしょうか。吉備真備公園の概要、囲碁発祥の地といわれる理由、見所やアクセスを紹介します。

【唐】遣唐使が起こした4つの争長事件とは?

唐の周辺諸国は遣唐使を派遣して朝貢しましたが、各国が派遣する時期は同じ。行事に各国から派遣された遣唐使が一堂に会すると、席次の上下争い・争長事件が起きました。遣唐使が起こした4つの争長事件を紹介します。

【唐】文宗(李昂)ってどんな人?謁見した日本人・藤原常嗣とは?

安史の乱勃発以降、唐では宦官が朝廷の実権を握りました。そんな宦官を排除しようと画策したのが、第17代皇帝・文宗です。文宗の宦官を排除する計画は、順調に進んだのでしょうか。文宗、文宗に謁見した日本人・藤原常嗣を紹介します。
奈良時代

阿倍仲麻呂が天才と呼ばれる理由や生涯、交友関係を解説

遣唐使としても、詩人としても有名な阿倍仲麻呂。多才な阿倍仲麻呂は天才と呼ばれますが、具体的にはどのような理由で天才と呼ばれているのでしょうか。阿部仲麻呂が天才と呼ばれる理由と生涯を紹介します。
奈良時代

吉備真備って何をした人?生涯をわかりやすく解説

遣唐使という単語を聞いて思い浮かべるのは、阿倍仲麻呂、吉備真備、菅原道真ではないでしょうか。この3人の中で、吉備真備は覚えやすい名前ですが、吉備真備はどんな人物なのでしょうか。吉備真備の生涯を9つに分けて紹介します。
奈良時代

遣唐使の出発地はどこ?航路が北路から南路に変わった理由

回によって異なりますが、659年に日本を出発した第4回遣唐使は往路に約5ヶ月、復路に約6ヶ月要しています。片道の航海に約半年を費やした遣唐使はどこから、どのようなルートで、唐に向かったのでしょうか。遣唐使の出発地、航路を紹介します。
奈良時代

遣唐使の帰還率は?遭難者はどんな方法で帰国したの?遭難した理由は?

いつの時代も、航海には危険がつきもの。もちろん、630年から894年まで、日本と唐を行き来していた遣唐使も、漂流したり、難破したりと窮地に立たされました。気になる遣唐使の帰還率、遭難した遣唐使が帰国した方法、遭難した理由を紹介します。
奈良時代

遣唐使の目的と歴史的意義をわかりやすく解説

遣唐使が日本から唐に渡るのに、片道だけで半年かかったといわれています。また、遭難する遣唐使船も多く、大きな危険を伴いました。なのに、何故、日本は遣唐使を唐に派遣したのでしょうか。遣唐使の目的と歴史的意義を紹介します。
飛鳥時代

遣隋使、遣新羅使、遣唐使になった高向玄理とは?姓の由来は?

607年に隋に渡った小野妹子。翌年、608年に、小野妹子は再び隋に渡りましたが、小野妹子に同行した者の中に、高向玄理という人物がいました。高向玄理とはどのような人物なのでしょうか。高向玄理の生涯と姓の由来を紹介します。