
中国史上唯一の女帝・則天武后。
則天武后の治世は、唐王朝の中でも特殊な政治体制が形成された時代でした。
その統治を支えた存在のひとつが宦官です。
宦官は後宮や皇帝の補佐を行っていましたが、やがて政治に関与する権力をもちました。
則天武后(武則天)に仕えた宦官の役割と権力、最期を紹介します。
則天武后に仕えた宦官
宦官とは、皇帝や后妃に仕える去勢された宮廷官僚です。
宦官は皇帝の補佐役として長年重用されていました。
太宗の側室、高宗の妻だった則天武后は、男性関係に慎重にならざるを得ませんでした。
そのため、宦官や親戚を積極的に活用したと考えられています。

則天武后に仕えた代表的な宦官が高延福です。
高延福は則天武后をはじめ、中宗、睿宗、玄宗にわたって仕えました。
実は、高延福は玄宗に仕えた高力士の養父です。
則天武后に仕えた宦官の役割と権力
宦官は則天武后にどのように仕えたのでしょうか。
則天武后に仕えた宦官の役割と権力をみていきましょう。
則天武后に仕えた宦官の役割
紹介したように、則天武后の治世における宦官は、単なる後宮の使用人ではありません。
① 詔勅の伝達と管理
② 地方官との連絡役
③ 官僚の監視
④ 後宮の管理
⑤ 密告情報の収集
5つの役割全てに共通するのが情報収集です。
詔勅を伝達、管理しているうちに、則天武后の考えを知ることができます。
地方官と連絡を取り合っているうちに、地方の出来事をいち早く知ることができます。
官僚を監視したり、後宮を管理したりしているうちに、内情を知ることができます。
密告情報を収集しているうちに、裏切り者をみつけることができます。

則天武后は情報収集を欠かしませんでした。
朝廷や後宮の裏切り、不満に対して、すぐ対応するためです。
その情報網を張る実務を担ったのが宦官。
朝廷と後宮を自由に出入りできる立場を利用し、情報を収集したり、伝えたりしていました。
則天武后に仕えた宦官の権力
紹介したように、家族基盤をもたない宦官は主君に頼るしかありません。
則天武后もまた、宦官や親戚を積極的に活用せざるをえませんでした。
則天武后から厚く信頼された宦官の中には、
・意思決定にアドバイスをする
・官僚の任命、罷免に意見する
・朝廷や後宮内の権力のバランスを調整する
など、政治判断に関与する者もいました。
則天武后に仕えた宦官の最期
則天武后の死後、唐王朝は李氏中心の政治体制に戻っていきます。
この過程で、則天武后を支えた宦官や親戚は権力を失いました。
李氏政権によって、宦官は政治責任を追及され、朝廷や後宮から追放されます。
地方に左遷される、一部は処刑されるなどしました。

一方で、李氏政権にとっても、優秀で忠誠心の強い宦官は必要です。
高延福に育てられた高力士は玄宗から厚く信頼されました。
則天武后の治世が終わっても、優秀な宦官は政治の中枢に関与しました。
まとめ:則天武后の治世における宦官制度は拡大と縮小の狭間
則天武后の手足として、情報を収集、伝達した宦官。
朝廷や後宮の内情を知り尽くし、則天武后から厚く信頼された宦官は政治判断に関与しました。
ただ、宦官の権力は則天武后の死とともに崩壊。
優秀な宦官だけが李氏政権で重用され、多くが排除されました。
宦官制度は拡大と縮小を繰り返しながら、中国史に残り続けます。
則天武后の治世における宦官は、拡大と縮小のまさに転換点だったのではないでしょうか。
映像で見ると人物や時代の雰囲気がつかみやすく、その後に本を読むと理解がぐっと深まります。
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