安史の乱を引き起こすきっかけを作ったといわれている李林甫。
李林甫はどのような人物なのでしょうか。
李林甫の生涯、安史の乱を引き起こすきっかけを作った理由を紹介します。
李林甫ってどんな人?
李林甫は683年生まれで、隴西郡(甘粛省定西市)出身。
つまり、李林甫は唐の宗室の出身です。
父は揚州参軍・李思誨、母は姜氏です。
音楽や絵など、芸術の才能はありましたが、勉強には全く興味がなく、20歳になるまで本を読んだことがありませんでした。
庫部郎中を務めている従叔父のツテで官吏になりました。
御史中丞に任命される
726年、御史中丞に任命されました。
御史大夫・崔隠甫や宇文融と一緒に、科挙出身の中書令・張説を職権乱用の罪で弾劾し、罷免に追い込みました。
その後、刑部侍郎や吏部侍郎を歴任しました。
李林甫は物腰が低く、人当たりが良かったんですが、実は、それは表の顔。
裏の顔は陰険で、宦官や玄宗の側室と手を組んで、玄宗の考えを事前に仕入れ、玄宗と意見が合うように上奏していました。
玄宗は意見が合う李林甫を信頼しました。
宰相になる
玄宗が寵愛していた側室の中に、武恵妃という后妃がいて、第18皇子・李瑁を皇太子にしようと画策していました。
そこで、李林甫は現在の皇太子・李瑛を廃して、李瑁を皇太子にすると約束し、武恵妃に取り入りました。
李林甫は黄門侍郎に抜擢された後、734年には礼部尚書に昇進して、宰相の仲間入りを果たしました。
宰相になった李林甫は、対立していた尚書右丞相・張九齢を荊州(湖北省荊州市)に左遷するなど、科挙出身の官吏を次々に排除し、朝廷で実権を握るようになりました。
736年、李瑛が異母兄弟と共に武恵妃の悪口を言っていたことが判明。
武恵妃は李瑛を廃すように上奏しました。
李林甫のサポートもあって、李瑛は廃されましたが、李瑁が皇太子になる前に、武恵妃は病死しました。
高力士の推薦により、皇太子の座には、李瑁ではなく、第3皇子・李亨が就きました。
吏部尚書を兼任する
739年、吏部尚書を兼任し、文官の人事権を掌握。
「李林甫に全て任せてはどうか」と言うほど、玄宗は李林甫をすっかり信用していました。
745年、科挙出身の官吏を排除する一方で、楊国忠や王鉷、吉温、羅希奭を腹心とし、李林甫は自宅で国事を決めるようになりました。
これこそ、まさに職権乱用。
747年、対立していた李亨に仕える韋堅、皇甫惟明、李邕、裴敦復を左遷したうえで、殺しました。
70歳で亡くなる
750年、腹心だった楊国忠が玄宗から気に入られようになると、李林甫は楊国忠と対立しました。
楊国忠は「突厥の阿布思が起こした反乱に李林甫が加担していた」と嘘の密告をしました。
李林甫は病で伏せりがちになり、楊国忠に後事を頼んだ後、753年、70歳で病死しました。
李林甫の功績を称え、玄宗は太尉、揚州大都督を追贈しました。
後事を頼まれた楊国忠は、嘘の密告を掘り返し、李林甫が阿布思の反乱に加担していたことを、玄宗に思い出させました。
玄宗は李林甫の官職を剥奪して庶民に落とし、子どもを流罪に処して、財産を没収しました。
安史の乱を引き起こすきっかけを作ったって本当?
安史の乱を引き起こすきっかけを作ったのは、安禄山の謀反心をかき立てた楊国忠です。
でも、李林甫も安史の乱を引き起こすきっかけを作ったといっても過言ではありません。
というのも、李林甫は同僚の活躍、昇進に嫉妬し、昇進する心配のない異民族・安禄山を節度使に登用するよう、玄宗に進言したからです。
同僚には休みを取るように勧め、同僚が休みを取ったら、「あの人は身体が弱いから、高い官職には向いていない」と言って、活躍、昇進する機会を奪っていました。
でも、唐出身ではない安禄山は、活躍しても、宰相クラスにまで昇進することはありません。
李林甫は異民族の安禄山、高仙芝、哥舒翰を節度使に推薦し、李林甫を信頼していた玄宗はその通りに登用しました。
大人気の中国ドラマ「麗王別姫~花散る永遠の愛~」の第46話で、李俶は玄宗に言います。
「全ては李林甫の登用から始まりました」
李林甫は安禄山を起用しなければ、楊国忠と対立することもありませんでした。
また、楊氏一族への過度な寵愛を非難したうえで、「祖父上は誰の忠告も聞き入れませんでした」と言います。
楊貴妃に溺れていた玄宗は、楊国忠のお願いを受け入れる一方で、楊国忠の忠告は受け入れませんでした。
玄宗が楊国忠の忠告を受け入れ、安禄山を節度使から外していれば、安禄山が挙兵しても失敗に終わったかもしれませんね。
まとめ
李林甫の生涯、安史の乱を引き起こすきっかけを作った理由を紹介しました。
李林甫は唐の宗室の出身で、勉強に興味がなく、科挙出身の官吏を疎んでいました。
玄宗の信頼を得た李林甫は、科挙出身の官吏を排除する一方で、昇進することがない異民族を節度使に推薦しました。
病で死期が迫っていた李林甫は、対立していた楊国忠に後事を託しましたが、楊国忠から嘘の密告をされ、庶民に落とされてしまいます。
李林甫も、楊国忠も、悲しい最期を迎えます。
気に入らない人をことごとく排除するなど、悪いことはしないのが一番ですね。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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