今川氏真は愚将?勝ち組?蹴鞠レベルはサッカー日本代表

戦国武将の中でもパッとしない今川氏真。
実際、同じ時代を生きた織田信長や徳川家康に比べて、今川氏真は愚将といわれています。

でも、最近では、

今川氏真は勝ち組だったのでは?

という見解もあります。

今川氏真愚将勝ち組である理由蹴鞠のレベルを紹介します。

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今川氏真は愚将?

今川氏真が今川氏12代当主となったのは、永禄元年(1558年)のこと。
駿河国、遠江国から西へ領土を拡大したかった父・今川義元は軍事面に専念するため、今川氏真に家督を譲りました。

おゆう
おゆう

この時は、今川氏真はただ家督を継いだだけ。

永禄3年(1560年)に勃発した桶狭間の戦いで今川義元が討たれると、今川氏真は領土をも継承することとなり、正真正銘今川氏のトップとなりました。

今川氏真が愚将と呼ばれる2つのエピソードがあります。

次々と処刑し、家臣を離反させた

今川義元を慕う家臣は多く、誰もが今川義元の敵を討つ気でした。

でも、今川氏真は父の敵を­討とうとしませんでした。

一足先に織田家臣となっていた伯父・水野信元の仲介により、徳川家康は織田信長と清州同盟を結んで今川家を離反。

徳川家康に裏切られた今川氏真は怒り、
・今川家で事実上人質となっていた松平家臣を処刑する
・徳川家康の妻の両親である関口氏純(親永)夫婦を自害に追い込む
などしました。

また、徳川家康と面会したという理由で、引馬城主・飯尾連龍を謀殺。

今川氏真のいき過ぎた行動は家臣を離反させ、遠江の諸将の反感を買うこととなりました。

武功をあげず、城主を解任された

駿河侵攻を経て、徳川家康と和睦し、徳川家康に仕えることとなった今川氏真。

天正3年(1575年)に勃発した長篠の戦いに参戦し、翌年には、牧野城(愛知県豊川市)の城主に任命されました。
ところが、その後、武功をあげられず、一年も経たないうちに城主を解任。

天正10年(1582年)、徳川家康は織田信長に

今川氏真を駿河国守に任命してはどうでしょうか。

と相談します。
ところが、「今川氏真には武功がない」と言って織田信長に反対されてしまいました。

永禄12年(1569年)、徳川家康は今川氏真のいる掛川城を攻めました。
この時、「今川氏真を再び駿河国守にする」という盟約を結んで開城させました。

13年経っても、徳川家康は約束を忘れていなかったんですね。

今川氏真は勝ち組?

今川氏真は天文7年(1538年)生まれ。
弘治2年(1556年)、18歳にして、公家の山科言継(やましなときつぐ)と交流し、歌会を開催しました。

織田信長が天正10年(1582年)に本能寺の変で討たれると、今川氏真は京都に移ります。

京都では、
・公家と交流する
・冷泉家で開催される連歌会に出席する
・古典の研究に没頭する
など、趣味を楽しみました。

晩年は、徳川家康の滞在する江戸城を度々訪ねて、徳川家康とたわいもない会話を楽しみます。

会話といっても、今川氏真が一方的に話しているようなもの。
徳川家康は今川氏真の長話にうんざりしますが、無下にはできません。

そこで、今川氏真を江戸城から遠ざけようと、品川に屋敷を与え、頻繁に来られないようにしました。

慶長19年(1614年)12月、今川氏真は77歳で亡くなります。

徳川家康は長生きした戦国大名としても有名ですが、徳川家康は73歳で亡くなりました。
徳川家康とは異なり、今川氏真は戦線から身を退き、好きなことをして長生きしたんですね。

蹴鞠レベルはサッカー日本代表

戦国武将としてはパッとしない今川氏真ですが、実は、文化人として知られています。
中でも、今川氏真が得意としていたのが蹴鞠です。

天正3年(1575年)3月、今川氏真は相国寺で織田信長と対面しました。

「今川氏真は蹴鞠が上手だ」と耳にした織田信長は、

蹴鞠を披露してほしい。

と今川氏真に要求します。

今川氏真にとって、織田信長は父・今川義元を討った憎い相手。

また、当時の織田信長は、
・比叡山延暦寺を焼き討ちする
・浅井長政、朝倉義景の頭蓋骨を宴会で披露する
など、非道な人物として知られていました。

要求されたとはいえ、もし、織田信長の前で失敗したら、その場で斬られるかもしれません。
今川氏真は断りたい衝動に駆られた、また、大きなプレッシャーを感じたと思います。

おゆう
おゆう

でも、今川氏真は織田信長の要求に応え、織田信長の想像を上回る蹴鞠を披露しました。

織田信長は今川氏真の蹴鞠の腕を認め、今川氏真を褒めました。

今川氏真には蹴鞠の才能と度胸があった、つまり、サッカー日本代表のような戦国大名だったんですね。

まとめ:疲れたら、今川氏真のように生きてみよう!

今川氏真愚将勝ち組である理由蹴鞠のレベルを紹介しました。

・次々と処刑して家臣を離反させる
・武功をあげず城主を解任される
など、戦国武将としては頼りなかった今川氏真。
一方で、戦線から身を退いて、歌や蹴鞠を楽しんで余生を過ごしました。

仕事や育児をつい頑張ってしまう私達。
時には、今川氏真のように奔放に生きてみるのもいいかもしれませんね。

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